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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)8332号 判決

原告

斎藤正彦

萬代博実

中島葵

岸野秀和

右原告ら訴訟代理人弁護士

山口紀洋

被告

財団法人現代演劇協会

右代表者理事

福田恆存

右訴訟代理人弁護士

山下俊六

柘賢二

主文

一  被告は原告斎藤正彦に対して、金九〇万九九〇〇円及びこれに対する昭和五三年七月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告斎藤正彦のその余の請求並びに同萬代博実、同中島葵及び同岸野秀和の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告斎藤正彦と被告の間で生じたものはこれを六分し、その一を被告の負担とし、その余を原告斎藤正彦の負担とし、その余の原告らと被告の間で生じたものはその余の原告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告斎藤正彦に対して、金四九〇万円及びこれに対する昭和五三年七月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告萬代博実、同中島葵、同岸野秀和それぞれに対して、金五〇万円及びこれに対する昭和五三年九月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一請求原因

1  (当事者)

(一) 原告斎藤正彦(以下「原告斎藤」という。)は劇団「ホモ・フィクタス」(昭和五二年一二月末日までは「劇団駒場」)を主宰する者、原告中島葵、同岸野秀和は右劇団のキャスト、原告萬代博実(以下「原告萬代」という。)は同劇団の製作担当スタッフである。

(二) 被告は、「三百人劇場」(以下「本件劇場」という。)を演劇公演等のために一般に利用させている財団である。

2  (本件契約)

原告萬代は、原告斎藤の代理人として昭和五二年九月一四日被告との間で、本件劇場を、利用期間は昭和五三年六月二一日から同月二五日まで(利用時間は、二一日及び二二日が午前九時から午後九時まで、二三日から二五日までは午後五時三〇分から午後九時まで)、利用料は合計三四万一〇〇〇円との約定によつて利用する旨の契約を締結し(以下、この契約を後記一部変更後のものをも総称して「本件契約」という。)、同日使用料内金として一六万円を被告に支払つた。

3  (一部変更契約)

被告は、昭和五三年一月中旬ごろ、原告斎藤に対して、右使用期間を同年六月一七日から同月二二日までに(ただし、一七日の使用目的は仕込みであり、一八日が初演)変更されたいとの申し入れを行い、同原告はこれを承諾した。

4  (被告の債務不履行及び不法行為)

昭和五三年四月頃本件劇場における公演の題名を「20C悲劇、天皇祐仁」とする脚本(以下「本件脚本」という。)が脱稿し、準備が着実に進行していたところ、被告の事業部長富永一矢(以下「富永部長」という。)は、同年六月二日原告斎藤らに対し、被告代表者が天皇制に関する芝居には本件劇場を貸せないと言つているので了解して欲しい旨の公演中止の申し入れをしてきた。そこで、原告斎藤及び同萬代は、翌三日被告代表者と面会をしたが、その際、同人は右原告らに対して、本件劇場の原告らによる利用を拒否する旨告げ、その後も原告らによる再三の申し入れにもかかわらず右拒否を続けた。このため原告らは現実に同年六月一七日から同月二二日までの契約期間中、同劇場を利用することができなかつた。

5  (原告らの損害)

(一) 原告斎藤は、本件脚本を脱稿した同年四月頃に、本件公演の配役を決定し、同年五月にはパンフレット、ポスター類の印刷、その他の広告、大道具、衣装の製作、フィルムの購入等の発注を行なつた。また、その余の原告らも同年五月初旬以降は舞台稽古に入るなど、この公演に向けて本格的な準備を行つて来た。

(二) ところが、原告斎藤は前記のとおり本件劇場の利用を拒否されたため、その公演を行なう機会を事実上失い、次のとおりの財産的損害及び精神的損害を受けた。すなわち、財産的損害については、本件公演には、少くともこれに要した費用に相応する価値があるというべきであり、原告斎藤はその上演のために劇団の主宰者として人件費として二五〇万円、大道具制作費、小道具の費用、印刷代及び交通費として一四〇万円余りをその頃までに支出していたものであるから、被告による本件債務不履行により原告斎藤は右合計の三九〇万円と同額の財産的損害を受けたことになる。なお、本件劇場の定員は三〇二名で、上演予定期間は五日間であり、期間中の入場者数は少なくとも定員の九割を上回ると見込まれるから、延べ一三五九名を越えるものであつたといいうるところ、その八割(一〇八七名)は前売り券による入場者であり、残りの二割(二七二名)が当日売り券による入場者であると考えられること及び入場料は前売り分が二五〇〇円、当日売り分が三〇〇〇円とされていたことからすれば、右各人数に右各金額をかけ合わせ、これを合計して入場料収入を算定すると、三九四万一〇〇〇円となり、この額は、前記費用によつて算出した額とほぼ見合つているといいうる。次に、精神的な損害については、この上演は、原告斎藤にとつて、数年ぶりの企画であり、これが突然挫折したことによつて、同人は大きな打撃を受けたのみならず、その演劇人としての社会的名誉、信用を傷つけられたのであつて、この精神的損害を金銭に換算すれば一〇〇万円を下らないというべきである。

(三) また、その余の原告らはこの公演のために、キャストとして、あるいはスタッフとして活動をして来たものであり、被告によるこの公演拒否の不法行為によつて、精神的苦痛を受けた。これを金銭に換算すれば各自について五〇万円を下らない。

6  (結論)

よつて、原告斎藤は被告に対して本件契約不履行に基づく損害賠償として四九〇万円及びこれに対する催告の後である昭和五三年七月一五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告中島、同岸野及び同萬代はそれぞれ被告に対して、不法行為に基づく損害賠償として五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五三年九月一〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)は知らない。同(二)は認める。

2  請求原因2の事実中本件契約の締結について、原告萬代が原告斎藤の代理人であること及び利用期間が昭和五三年六月二一日から同月二五日までの約束であつたことを否認し、その余は認める。利用期間は同月二五日から同二九日までの約定であつた。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の事実のうち、昭和五三年六月二日富永部長が本件公演の中止の申し入れをしたこと、同月三日原告斎藤及び同萬代が被告代表者と話合いを行い、この席上において同人が本件公演の中止を申し入れたこと及び本件契約の期間中原告らが本件劇場を利用できなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求原因5の事実中(一)は知らず、同(二)及び(三)は争う。

三抗弁

1  (混乱等回避のための約定解除権又は条理上の解除権の行使)

(一) 原告萬代と被告は、本件契約の締結に際し、催物の開催によつて、劇場及び付属の場所が混乱し、又は諸般の危険が予想されるときは、被告が本件契約を解除することができる旨の合意をした。

なお、本件劇場は、多数の観客の集合が予定される場所であるから、管理者は劇場における催物の開催によつて観客の生命身体に危難の及ぶようなことのないよう万全の措置を講じる責務を負つているというべきである。

また、本件劇場は、広く演劇、バレエ、演奏等の学術、演劇活動の場として広く利用されている公共性を帯びた建物であり、年間のスケジュールがつまり、使用されない日はほとんどない。

そこで、仮に一部の者の劇場使用に起因して劇場又はその付属施設が破壊され、以後の劇場使用に支障を来たすようなことがあると、その後に使用を予定していた者に大きな被害を及ぼすこととなる。また本件劇場は、他の商業劇場と異なり、文教地区内の閑静な住宅地に立地し、その建設当時より、付近住民から環境悪化を理由に反対される等の経緯があつた関係上、被告としては恒久的な演劇活動の継続のため特に近隣住民との協調を重んじ、これに迷惑をかけないようにする必要があつた。

したがつて、右解除権留保の特約には十分の合理的理由があるし、仮に、右特約が有効でないとしても、右のような混乱又は危険が予想されるときには条理上当該使用契約を解除しうるものと解すべきである。

(二) 本件劇場で公演を予定されていた演劇は、「天皇祐仁」との名を冠するものであつたが、これに関連して、昭和五三年五月末頃から同年六月始めにかけて、被告の事務所に匿名の脅迫めいた内容の電話が数本かかり、公安当局からも行動右翼に不穏な動きが見られるとの情報が入るに至つた。

すなわち、

(1) 富永部長は、同年五月三一日午後七時頃「六月一八日からやる芝居の内容を、知つているのか。あれは穏当でないぞ。」という趣旨のことを成人男子から電話で告げられた。

(2) 同年六月一日被告従業員永井三子は、右と同内容の電話を受け、またポスターで見たがあのとおりの公演を許すのかという趣旨の電話を受けた。

(3) 前同日被告経理部長山口幸雄及び被告従業員樋口昌弘は、天皇陛下の名前を使うことは許されないという趣旨の内容の電話をそれぞれ受けた。

(4) 富坂警察署公安担当者から前同日、本件公演に反対する右翼の動きがあるので十分注意するようにとの趣旨の情報が入つた。

(5) 秦野章参議院議員から、警視庁公安担当官によれば、右翼関係の者が原告の公演に対して注目しており、かなり激しい動きがでていて、最悪の場合には第二の嶋中事件に発展する恐れがあるとのことであるから、十分気を付けて対処するようにとの注意を受けた。

(三) また、同月八日本件脚本の上演を被告が拒絶し、原告らがこれに抗議をしていることが一部の報道機関によつて報道された。この報道によつて、ますます右翼の活動が活発となつた。このような状況下において、原告らが予定どおり本件公演を行なうならば、右翼関係者が実力でこれを阻止しようとし、劇場の内外で相当の混乱を生ぜしめ、観客、付近住民及び劇場関係者らが傷害等の被害を被つたり、右翼関係者の行なう拡声器を使用した演説や軍歌の放送によつて付近住民に騒音被害が発生したりすることが予想された。

(四) (解除の意思表示)

(1) 前記富永部長は、原告らが同月九日被告に対する抗議文を手交した際、原告萬代に対して、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(2) 被告代表者は、同月三日本件契約の取り扱いに関する全ての権限を、右富永部長に与えた。

2  (違法演劇上演回避のための約定解除権の行使)

(一) 仮に右1が理由がないとしても、本件契約締結当時においては、原告らが具体的にどのような内容の催物を本件劇場で行なうのか被告には不明であつたのであり、このような場合に、後日原告らが行なう演劇等の内容が刑法等の法律に違反し、あるいは公序良俗に反するものであつて、それを予定どおり開催することによつて被告の社会的評価が著しく低下することが予想されるものであることが判明したにもかかわらず、被告に対して原告らによる本件劇場の使用を受忍すべきであるとするのは、法の容認するところではない。したがつて、原、被告間の本件契約については、原告が本件劇場において演劇などの催物を行うことによつて、刑法違反等の違法状態が作出され、あるいは、被告の社会的評価を著しく損なうと予想される事態が生じた場合には、いつでも本件劇場使用契約を解除することが出来るとの解除権を、被告が留保していたと解するべきである。

(二) ところで、原告ら上演予定の「20C、悲劇天皇祐仁」における主人公の名前は、字は若干異なるものの「ヒロヒト」とルビがうたれていて、今上天皇の名前に酷似し、その父が「大正天皇」とされていることからして、一般人が直ちに本件公演の主人公を今上天皇のことと判断できることは明らかであるし、本件脚本中には、「祐仁、父の前で立つたまま母を犯す。」、「既に王冠の無い父オナニイする。」など随所に露骨な性表現が見られるのであつて、本件公演は大正天皇及び今上天皇の名誉を毀損する恐れの極めて強いものであつた。

したがつて、原告らが本件劇場において右のような演劇を行なうこととなれば、刑法違反等の違法状態が作出され、あるいは、被告の社会的評価を著しく損なうこととなることが明らかに予想された。

(三) そこで被告代表者は原告斎藤に対して、同月三日本件契約を解除する旨の意思表示をしたものである。

3  (社会的相当行為)

仮に右1及び2の主張が認められないときは、次のとおり主張する。

すなわち、本件公演を実施するならば、右に述べた右翼関係者の妨害行為による劇場内外の混乱や危険が発生し、付近住民に騒音被害を及ぼす恐れがあり、かつ、本件公演内容は前記のとおり刑法に該当する恐れの極めて強いものであつたから、このよう場合には劇場管理者は、緊急避難の法理を類推して上演を拒否できるというべきであり、その上演の拒否には正当な理由があつて、違法性を欠くというべきである。

四抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一)は否認する。被告が一方的に配布した印刷物には不動文字でそのように記載されていることは認めるが、その主張の特約について当事者の意思の合致があつたものとは到底いえない。また、この約定が予定しているのは催物自体が危険である等劇場使用者に帰責事由がある場合のみであると解すべきである。

(二)は知らない。

(三)及び(四)は否認する。

2  抗弁2及び3は争う。

五再抗弁

1  (手続的違法)

富永部長のした解除権の行使は、被告代表者の独断に基づくものであり、被告の意思決定機関であるべき理事会の決議が経由されていない。この解除は暴力によつて公演の自由を放棄するか否かという問題であつて、演劇活動の確立発展を目指す被告としては、存立意義を問われる重大な事柄であるから、理事長一人が決定できる事項ではなかつたのであり、かつ、緊急理事会の開催の可能な時間的余裕もあつたのであるから、理事会の決議を経ていない以上は無効というべきである。

2  (権利濫用)

被告が本件劇場における本件公演を拒否した真の理由は、本件脚本が被告代表者の個人的な思想信条に合わないことにあつた。被告は、日本演劇の伝統に根ざしつつ、同時に広く国際的視野に立つて、彼我の文化交流により、わが国、演劇芸術の向上を目指して設立されたものであつて、被告代表者個人の思想、信条を実現するために設立されたものではないし、財団法人として法律上各種の特権を受けている一方において、本件公演の拒否は憲法上保障された表現の自由を奪うものであるから、このような個人的趣味による恣意的な解除権の行使は権利の濫用として許されないものである。

3  (信義則違反)

原告は被告に対して、昭和五三年五月中旬には本件公演について、脚本名とキャストを通告しているし、同月二五日には劇場前に大型ポスターを掲示したからこの段階で公演内容について検討することができたはずである。更に、被告は上演実現の為に努力を何一つせず、むしろ右翼暴力を煽つた疑いさえある。これに加え原告らが同年六月三日以降精力的に被告代表者との話し合いの機会を持とうとしたのに被告代表者はこれに応じようとしなかつた。このような事情の下においては、被告主張の解除権の行使は信義則に反し許されないというべきである。

六再抗弁に対する認否

全て争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  原告斎藤の請求について

一請求原因1の事実中、同(二)の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、同(一)の事実を認めることができる。

二請求原因2の事実のうち、本件契約の締結について原告萬代が原告斎藤の代理人であつたこと及び利用期間が昭和五三年六月二一日から同月二五日までの約定であつたことを除くその余の事実について、当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、被告に対する本件劇場の使用申込書(乙第二号証)の記載上は、「劇団駒場(仮称)」が使用者となつており、原告萬代の名は担当者として記載されるにとどまつていること、申し込みの際、原告斎藤は原告萬代にその代理権を与えており、かつ、使用期間が昭和五三年六月二五日から同月二九日までと記載されている申込書及び領収書が原告萬代と被告担当者との間で授受されたこと及び劇団駒場の主宰者は、原告斎藤であり、原告萬代はその製作準備担当の責任者にすぎなかつたこと、以上の事実を認めることができ、右事実によれば原告萬代は、原告斎藤から与えられた代理権に基づき、原告斎藤の為にすることを示して、本件契約をしており、契約当事者は原告斎藤であること及びその契約期間が昭和五三年六月二五日から同月二九日であつたことを優に認めることができる。

三請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

四請求原因4の事実のうち、昭和五三年六月二日富永部長が本件公演の中止を申し入れたこと、同月三日原告斎藤及び同萬代が被告代表者と話し合いを行い、この席上同人が原告らに対して本件公演の中止を申し入れたこと及び原告らが契約期間中本件劇場を利用することができなかつたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その後被告は原告斎藤らがした、本件劇場使用の申し入れに対し、これを拒否していた事実を認めることができる。そして、これらの事実によれば、原告斎藤は、被告の本件契約履行の拒絶によつて本件劇場を使用できなかつたものということができる。

五そこで、抗弁について検討する。

1〈証拠〉を総合すれば、本件契約の申し込みは被告所定の「300人劇場・稽古場使用申込書」及び同控えに申込者が記入して被告担当者に提出して行なう制度となつており、この使用申込書控えには「ご注意願いたき事項」という見出しのもとに、⑥として、「その他の会場使用に関する諸規定により、ご使用お願いいたします。」との注意が記載されていること、本件劇場使用契約が締結された際もこの用紙が使用され、原告萬代はこれに記載して本件劇場の使用申し込みを行い、被告の担当者矢吹定雄から良く読んでおいてくださいと言われて、乙第三号証と同一内容の「現代演劇協会 三百人劇場のご案内」と題する書面の交付を受けたこと、右書面には、5項として、

「劇場使用確定後、または使用中でも次の場合は使用を中止させていただきます。このための損害補償はいたしません。

申込書にある使用目的または劇場使用規則に違反したとき。

劇場および付属の場所がいちじるしく混乱したとき。

催物の開催により、劇場および付属の場所が混乱または諸般の危険が予想されるとき。」

と記載され、12項として、

「不測の事故や災害のため、劇場使用が不可能となつた場合は、そのために生じた損害は賠償いたしません。」

と記載されていることを認めることができる。

以上認定の事実によれば、原告萬代は、原告斎藤の代理人として、本件劇場の使用については右の各条項を遵守することを承認したうえで、本件契約を締結したものと認めるべきである。

しかるところ、右5項は、そこに列記の事由が生じたときは、劇場使用確定後でも、使用中であつても、被告は一方的に使用を中止させることができ、そのため劇場使用(予定)者に損害を生じても、これを補償しないとするものであつて、劇場使用確定後又は劇場使用中に、その使用を中止されれば、使用(予定)者には相当の額の損害が生じるであろうことが劇場使用という事柄の性質上予想されることに照らせば、右の条項は、劇場使用(予定)者にかなり大きな負担を強いるものというべく、このことと、前認定のとおり、劇場使用の注意事項には12項として、劇場使用(予定)者に責任のない不測の事故や災害により劇場使用が不可能となつた場合について、損害を賠償しない旨特に注記していること及び右5項各号の文言とを対照すれば、右各号の場合とは、劇場使用(予定)者の故意又は過失によつてそこに列記の事由の生じた場合を指すものと解するのが相当である。

2次に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 富永部長は、同年五月三一日午後七時頃氏名不詳の成人者から電話で「六月一八日からやる芝居の内容を、被告は知つているのか。あれは穏当でないぞ」という趣旨のことを告げられ、被告経理部長山口幸雄や同従業員永井三子及び樋口昌弘も右同様の電話による通告や、ポスターで見たがあのとおりの公演を許すのか、天皇陛下の名前を使うことは許されないという趣旨のことを電話によつて告げられた。なお、これらの電話による通告は脅迫といえる程に威圧的なものではなかつた。

(二) 富永部長が電話のことを被告代表者に伝えたところ、同人は、本件脚本(乙第八号証)に目を通したうえで、お客が怪我をするような事態は十分注意しなければならないが、天皇という特定の者の名前を題名とする芝居を上演することは、被告の立場上困るので断るようにとの指示をした。

(三) 富永部長は、これを受けて直ちに原告萬代に対し、原告らの本件劇場の使用については、観客に対する危険が考えられ、また、被告としては、天皇の名前を取り上げるのは具合が悪いところがあると考えている旨伝えた。原告萬代は、これに対し、原告斎藤と被告代表者が話し合う場を作つて欲しい旨要請したことから、翌二日被告代表者と原告斎藤及び同萬代の話し合いが行われた。

(四) この話し合いにおいて被告代表者は、原告斎藤及び同萬代に対し、本件脚本によると、今上天皇に対する名誉毀損が成立するおそれがある、特定の人間を、特に名誉毀損であることを自ら主張できない地位にある天皇をモデルとするような演劇を上演させるのは被告の理念に反するし、また、個人としての福田恆存と、現代演劇協会の理事長としての地位は分かち難いところ、これを上演させることは被告代表者個人の思想にも反する、以上の三つの点からその上演のための本件劇場の使用は断るよう指示した旨を述べた。

(五) これに対して原告斎藤は、本件演劇はある複雑な家庭における父親、母親及び子供の物語で、登場人物に大正天皇等の名称を用いているのはこの芝居に出演する人々向けの隠喩としての意味があるに過ぎず、皇室物語を内容とするものではなく、絶対天皇制の批判をするものでもない、むしろ、ニーチェのいつた「神は死んだ」に近いものをやりたいのであり、一つの科学的な認識の見地から、敗戦による天皇の人間宣言について、あの時は何だつたのかという日本人の血の問題みたいなものに迫ることを企図するものであつて、天皇に対する一つの見方を提示する趣旨も含まれるが、スキャンダラスな意味合いは毛頭ない、との趣旨のことを述べたうえ、本件演劇については構想に三年、具体的な内容については一年位の準備期間をかけており、是非上演したいが、被告代表者において天皇の名前の点に固執するのであれば、脚本の書き直しをすることにはこだわらず、公演参加者の了解を得られれば、例えばハムレットをある程度現状に合わせ、しかも誰が見てもシェークスピアだと分かる限度で作り変えるように、本件脚本を書き直し三日後位にその脚本を出すのであればどうか、また、違う劇場を被告で用意してくれれば、明日までにポスターは全部撤去するし、日にちと場所の変更の連絡はこちらでするがどうかとの提案を行つた。

(六) 被告代表者はこの提案について、脚本の書き直しの点は、富永部長らがそれを読んで内容を判断できるようなものが出されるのであれば、差し支えないが、我々としてはこの脚本のままでは、その内容を変えても良いことになるのかどうか判断ができないのでともかくお断りしたい、他の劇場捜しについては努力したい、と述べた。

(七) 富永部長は翌四日原告萬代に会い、なんとか上演する方法を見つけたいとの見地から、天皇祐仁という名前を劇の題名から、また祐仁という名前の登場人物から、それぞれ削除するなら、上演を認める旨を提案した。原告萬代は富永部長に対し、いつたんはこの提案の趣旨を了としつつ、必ずしも右提案にそつた上演を保障し難い旨述べるにとどまつたが、その後被告が本件劇場による上演を拒否するのであれば、被告所属の劇団である昂が演劇の上演を予定している紀伊国屋ホールの会場を自分達の方に回す都合をつけられたい旨要請するにいたつた。

(八) 原告斎藤らは、右提案を受けて出演者ら約二〇名と共にこの問題を話し合い、その結果、タイトル及び登場人物の名称の変更を行わない旨最終的に決定し、その後その旨を原告側に対して伝達し、再度被告代表者と話し合いたい旨を申し入れた。

(九) 同月七日スポーツ紙が、右紛争の概略を報道したが、富永部長は被告の演劇研究所員宮田勝房から、防共挺身隊との名称の団体が一八日から本件公演があることを知つているとの報告を受け、翌八日富永部長は、被告の理事である秦野章参議院議員から警視庁の公安関係係官によればいわゆる右翼団体が本件公演に注目し、かなり激しい動きをしており、最悪の場合には第二の嶋中事件に発展するおそれもあるとのことであるので、気を付けて対処して欲しい旨を電話によつて告げられた。また、同日の朝日新聞夕刊にも本件紛争について報道された。

(一〇) 原告萬代は同月九日午後三時過ぎ、被告の事務所を訪れ、富永部長に対して抗議文及び上演不許可問題経過レポートと題する書面を手渡した。右抗議書には、原告らは被告代表者の申し入れを受諾せず、この間の交渉における被告の誠意のなさを許さない旨、また原告らは被告の解散を唯一の要求とする旨記載されており、富永部長は、右抗議書に接しもはや話し合いでの解決は難しいと判断し、その場で本件契約を解除する旨右原告らに述べた。

(一一) 同月一〇日日本青年同盟総本部行動隊長井上静雄と名乗る者及び同財務局長兼懲罰委員山本健一と名乗る者の両名が被告の事務局を尋ね、本件のような公演は、絶対に許されるべきではなく、もし上演されるならば、我々は行動で阻止するとの申し入れを富永部長に対して行つた。

(一二) 原告らは、同年七月六日本件劇場における本件演劇の公演が不可能となつたので俳優座劇場において本件脚本を上演することとした。しかるところ、当日は警視庁麻布警察署所属の警察官約八〇名が同劇場前の警備に当つたが、右翼団体に属すると思われる者ら、約三、四十名が同劇場前に結集し、右翼の宣伝車が流す軍歌によつて同劇場前はかなり騒然とした状態となつた。いわゆる右翼に属する者らは本件脚本の上演の中止を求め、これに対しては原告斎藤一人が応対した。原告らは午後七時過ぎ頃から本件公演を開始したが、原告斎藤が右の者らとの応対に終始せざるを得なかつたため、その出演を欠くことになり、本件脚本どおりの形での上演は出来なかつた。この間、原告斎藤は集つた右の者らに対して、自分が出演していないのであるから、実質的には上演の中止を意味するとの説明を行い、右の者らは目的を達したとして立ち去つた。この間現実に、警察官が右の者らに対して鎮圧行動を行つたり、原告斎藤に対して公演中止の申し入れをしたりすることはなく、右の者らが爆竹一本を同劇場建物に対して投げたり、劇場の扉に体当りして扉の鍵が破損したりすることがあつたが、他には有形力が行使される事態はなかつた。

以上の事実を認めることができ、〈証拠〉中右認定に反する部分は措信できず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

更に〈証拠〉によれば、原告らが本件演劇で上演しようとしていた演劇の脚本は、「20C悲劇〈天皇祐仁〉 ザ・ヤング・エムペラーズ・ブラット・バード・ソングズ、プロセニアムアーチのためのPLANET PLAY」と題するものであつて、最初に「ト書き」として思弁的ないし詩的な脈絡のない理解困難な独自調の文章が四章にわたつて続いたのち、α「悲劇としてのテーマ」として「祐仁にとつて、いのちのテーマとは何であつたのか示せ、THE WORLD WARⅡとは?その因果律を示せ。」と記し、β「現代劇としての一プルーフ」として、「所有者(A)の失踪(B)によつて工事が停止、放置され、そのまま長い間10年間が経ち、今では様々なもののけ(イデオロギー)の棲家となつているある建築現場らしい劇場 時々公安による不意のヤサ入れがある。――Aの父の発狂(C)と道化文化の発達。幻の宮殿の成立。そこで父の秘密の死亡事件。――Cと同時に“何者”かによつて、ある青年革命グループ、妊娠中の女性を含む12人が処刑され全滅する。――Dと同時に深夜、国家運命に関する激論が昂じた末のAの、無名青年達によるリンチでの自殺同様の他殺。――とある裕福な大家族の夕食に美しい青年が招かれ、その家は崩壊してしまう事件。」と記し、右αβに平行して暗喩としての無言劇が「プロローグ」として三〇分程継続し、その後本編として―「・映画によるイントロ・小枝献納めざめM(エピターフ)KK・身ごもりの儀式(二つの水がめ)・破裂・気の遠くなるほどの退屈、近親相姦・暗殺・即位、追放、葬式・酒宴、バッカス祭のような・誘拐、強迫、そしてリンチ 殺害・祐仁の『帰還』」となること、―本編は一〇〇分程予定し、エピローグとして一〇分程「よみがえり、再会(全く無名の男女として)、ウェディング、ハネムーン(カーテンコールでもある)」、ファンファーレ、音楽、退場―との構成を提示し、以下プロローグから詳細に内容が記載されているものであつて、本編中には、祐仁が母の禁忌を犯して、脳炎の父(大正天皇)と再会する場面(そのうちには、「祐仁、父の前で立つたまま、母を犯す。」、「既に王冠の無い父オナニイする。」との記述もあるが、その大部分は、父である「大正天皇」の独白及び子である祐仁との対話からなる。)、祐仁の失踪の場面(その多くが祐仁の独白よりなる。)、祐仁の帰還(最後に鏡と祐仁との長い対話がある。)等の場面が含まれているものであつて、基礎的なストーリーはあるものの、一貫性に欠け、時代設定も意識的に混乱させており、裸体や性交渉場面も現われるものの、多くの舞台が長い難解な独白又は対話によつて占められるいわゆる前衛劇であると認められる。

右認定事実によれば、本件演劇は、名前が今上天皇と酷似し、「大正天皇」を父とする点では今上天皇と同一人物とも考えられるような天皇「祐仁」を主人公とし、この主人公が父の前で母を犯すとか、その父がオナニイをするというような場面を設けている点でいささか穏当を欠く点のあることは否めないが、右のような場面は天皇の退位と新天皇の即位を象徴するものとして長大な本件演劇の一つの場面として現れるに過ぎず、本件演劇は、全体として見れば、抽象的な天皇という存在を取り上げ、その地位の変遷を作者独自の感覚で悲劇として構成したものと見ることができ、今上天皇を主人公とし、そのプライヴァシィを提示するなどして、今上天皇を批判したり侮辱したりする意図のあるものと受け取る余地はないものというべきである。

3右認定の事実によれば、本件契約については最終的には昭和五三年六月九日富永部長によつて解除の意思表示がされたものというべきであるところ、被告は、右解除は被告会場使用規定の5項にいう「催物の開催により、劇場及び付属の場所が混乱または諸般の危険が予想されるとき」に該当するから、約定の解除権によりこれをしたものである旨主張する。たしかに、前認定の事実によれば、本件公演が、今上天皇の名前に酷似した名前を持つ天皇を主人公とするという点で、いわゆる右翼に属すると思われる者らがその上演を問題とし、匿名による電話を度々受け、また警察筋からも、上演した場合相当な騒ぎの起こることもありうる旨の警告を受けるなどのことがあつたのであり、いわゆる嶋中事件における右翼の行動を考え合わせれば、本件演劇の上演された場合に、劇場及び付属の場所が混乱し又は諸般の危険が発生することも予想されないではない状況にあつたといわざるをえないのである。しかしながら、右認定の本件演劇の性質内容に徴すれば、本件演劇は、今上天皇を誹謗、中傷し、侮辱し又はその名誉を毀損する目的で製作されたものではないし、もとよりその上演によつてそのような結果を生じさせるものとも認められないので、その上演が、国民によつて実力をもつても阻止されなければならないような反社会性、違法性を持つものとは到底いうことができないのである。そうすると、いわゆる右翼に属する者らによつて惹起されることが予想される右のような騒ぎについて、原告斎藤には何ら責任がないものというべきである。しかるところ、前示のとおり、被告会場使用規定の5項は、使用(予定)者に責任のある場合の規定と解すべきであるから、本件について右規定による解除権が発生する余地はなく、被告の右主張は失当というべきである。

しかしながら、〈証拠〉によれば、本件劇場は住宅街に設置され、設置について近隣住民の反対運動を受けたこともあつて、本件劇場の維持管理についてはことに近隣に対する影響に神経を使わなければならないという特殊性のあることが認められるところであり、これに加え、観客が多数来場し、一定時間滞留するという劇場という建物の性質上、その管理者としては、万一にも観客に危害の及ぶことのないよう、防火、防災等に意を用いるべき注意義務を負つているところであるから、予測される暴力等の危難が、誠に理不尽なものであり、本来法治国家として警察力の援助によりこれを排除すべきものであることは観念しつつも、右暴力が現に加えられるおそれが高く、万一右の暴力によつて観客等に危難が及びあるいは近隣に迷惑をかけるようなことがあれば、取り返しがつかないことになるとして、劇場管理者がその裁量により、問題の公演を中止させるとの決定をすることも、その当時の状況の如何によつてはやむをえないものとしてこれを認めざるをえないこともありうるものというべきである。もつとも、この場合その中止の決定について、劇場使用(予定)者に何ら責任はなく、その中止は専ら、いつたんは劇場使用を認めた劇場管理者の判断と責任において行われるものなのであるから、右中止によつて使用(予定)者に生ずる損害は、劇場使用契約の締結について過失のあつたものとして、これを劇場管理者が支払うべきものとするのを相当とする。劇場管理者としては、その責務に鑑みその使用申し込みのあつた際その使用目的や上演内容等を検討し、右のようなおそれが生ずると予測されるものについては、その段階で承諾を拒み又は可及的速やかな段階で中止させることを決定し、もつて使用(予定)者に発生する損害を未然に防止し、又はその損害を最小限にとどめる義務があるものというべきだからである。

4前記認定の各事実によれば、本件において被告が本件公演を中止すべきものとした判断は、右劇場管理者としての責務の遂行上なされたものとして是認せざるをえないところというべきであるが、右説示したところに照らし被告は右中止によつて原告斎藤に生じた損害を賠償すべきものというべきである。

六原告斎藤の損害について

1〈証拠〉を総合すれば次の事実を認めることができる。

(一) 原告斎藤は、昭和四〇年東京大学に入学後劇団駒場に入部し、昭和四二年頃からこれを主宰してきた者であり、本件公演の収支は全て原告斎藤の計算に帰し、利益は予定できないが、損失は全て原告斎藤が負担することになつていた。

(二) 本件の公演についてはその基礎的な調査を開始した時期からすれば三年間位の期間を要しているが、昭和五二年九月に本件契約を締結した当時においても、脚本については概略の構想の段階にとどまつていた。出演の依頼は昭和五二年中からされていたが、具体的に「悲劇天皇祐仁」として公演を行なうことを原告斎藤が原告萬代に対して明らかにしたのは昭和五三年一月になつてからのことであり、題名を最終的に決定したのは同年四月になつてからであつた。原告斎藤は昭和五三年一月「劇団駒場」を「ホモ・フィクタス」と改称し、このため本件公演は改称後初めて行なう、旗揚げ公演としての意味合いをも持つに至つた。本件公演の台本である乙第八号証が刷り上がつたのは同年五月初旬であり、その原稿をまとめあげたのは四月下旬であつて、それ以前における打ち合わせでは、原告斎藤の持つているイメージを伝えるということが行われていた。出演者が最終的に決まつたのは同年五月の中頃であり、それ以前は一応のものが決まつていただけの状況であつた。

(三) 同年四月一八日には、雑誌掲載の広告について、その代金を雑誌社に支払うと同時に広告の原稿を渡した。翌五月中旬頃にはポスター合計六〇〇枚の印刷も出来上がり、同年五月中にはその掲示も終わり、チラシ(甲第二二号証)四〇〇〇枚(後に更に四〇〇〇枚を追加注文した)についても、ポスターより一週間位早く出来上がり、六月初旬前頃までには一〇〇枚程を残して配付も終わつた。同月二一日に被告から演目、出演者についての最終的な照会があり、原告萬代はこれを連絡した。

(四) チケットについては同年五月一〇日頃までには二五〇〇枚印刷し、一部はプレイガイドを通じて販売したが、多くは原告ら関係者の人づてによつて販売することとした。

原告斎藤及び同萬代の各供述中右認定に反する部分はにわかに措信できないし、また、原告斎藤が本件公演が出来なかつたことによつて、キャスト、スタッフ、演劇評論家及び一般観客らからボイコットを受けるなどして、その演劇人としての名誉と信用を失つたとの主張についてはこれを認めるべき証拠がない。

2また、原告斎藤は本件公演のため、三九〇万円余りを支出し、その内人件費二五七万二〇〇〇円、舞台制作費四三万七一九〇円、運搬費一万九二二〇円、移動費一万四三七〇円、打ち合わせ費一二万二七五円について領収書等によつて裏付けられたと主張する。しかしながら、前認定のとおり本件契約については昭和五三年六月九日被告は原告側に対して中止の申し入れをしているのであるから、それより後になされた支出については、それ以前に支払いの基本となる事実が確定しており、その支払いのみが猶予されていたという特段の事情が認められない限り、被告の本件劇場使用拒否と相当因果関係のある損害と認めることはできないというべきである。これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、原告斎藤は、清水印刷こと清水晴彦に対して昭和五三年五月二〇日五万円、同月三〇日に三万円、清川木材株式会社に対して同月二三日二万円、株式会社テアトロに対して同年四月一八日三万九五〇〇円、株式会社白水社に対して同月一八日三万五〇〇〇円、株式会社トープロに対して同年五月二三日過ぎ頃三六万三〇〇〇円、同月三一日過ぎ頃三万七〇〇〇円、株式会社ナガサカに対して同年六月三日三〇〇〇円、東京大学消費生活協同組合に対して同月八日二四〇〇円、同月二日過ぎ頃清川木材株式会社に対して三万円、合計六〇万九九〇〇円を支出したことを認めることができるものの、その余の支出については、前認定に供したもの以外の領収書類は、宛先が明らかではなく、本件公演のために支出した金銭に関するものであるかについて疑問の余地のあるものであるか、又は中止申し入れを受けた後に作成されたものであるところ、支払いのみを猶予されていたことについての立証の伴わないものであるかであつて、適確な証拠といえないし、他には右支出の事実を認めるに足りる証拠はない。

3右原告斎藤が支出した六〇万九九〇〇円は、本件公演を実施できなかつた以上は、支出の目的を遂げなかつたものであり、被告が本件契約を締結しなければ支出しなかつたものであるから、これを被告の本件劇場使用拒否による損害というべきである。また、前記認定の事実によれば被告の右行為によつて原告斎藤が精神的苦痛を受けたものと認められ、前認定の諸事情を勘案すれば、慰謝料については三〇万円をもつて相当と認める。そして、〈証拠〉によれば原告斎藤は被告に対して本件損害賠償金として金五〇〇万円の支払いを催告し、右意思の通知は昭和五三年七月一四日被告に到達したことを認めることができる。

4以上によれば、原告斎藤の請求は金九〇万九九〇〇円及びこれに対する右催告の後である昭和五三年七月一五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。

第二  原告斎藤以外の原告らの請求について

一本件契約は、原告斎藤と被告との間で締結されたものであり、原告斎藤以外の原告ら(以下「原告中島ら」という。)がその当事者となつていないことは、原告らの主張自体から明らかである。また、本件公演による収支は全て原告斎藤の計算に帰し、利益は予定できないが、損失は全て原告斎藤が負担することになつていたことは、理由第一の六1(一)において認定したとおりである。これらの事実関係によれば、原告中島らは被告に対して本件劇場を使用させるよう求める権利を有するものではなく、単に原告斎藤が被告に対して有する権利の反射として本件劇場を使用することのできる地位にあつたに過ぎないものというべきである。したがつて、被告が前記のとおり本件劇場の利用を拒絶したからといつて、それによつて原告中島らは法的に保護されるべき何らかの利益を害されたものと認めることはできないことになる。

二よつて、原告中島らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三  結論

よつて、原告斎藤の請求は金九〇万九九〇〇円及びこれに対する昭和五三年七月一五日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容することとし、原告斎藤のその余の請求及び原告中島らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条の各規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官米里秀也 裁判官松井英隆)

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